こんにちは。
福岡・北九州のリトリーブサイコセラピスト待鳥智美(まちどりともみ)です。
私は、今月から始まった東京でのリトリーブサイコセラピー基礎(土日)コースに、アシスタントとして参加しています。
受講生さん達は、年齢も職種も住んでいる所もいろいろ違い、様々な悩みや生きづらさを抱えています。
講座主催のカズさん(大鶴和江)のYouTubeがきっかけという方がたくさんいました。
心の問題に興味を持つ方が増えていると思いました。
受講生さん達が、自分の問題の解決へと向かうように、私もしっかりとサポートしたいと思います。
さて、今日のテーマは「自分の存在が感じられない」です。
端から見ると、自由にしているように見ても、バリバリに仕事をしているように見えても、悩みがあって、「実は自分の存在が感じられない」という方々がいます。
自分が自分の人生を生きるのに、「自分の存在が感じられない」と、どうしたらいいのか、何を選びたいのか、など、あらゆることが自分の思うように進まない、ということになってしまいます。
その感覚が、生きづらさとなり、人生を止めていることがよくあります。
「自分の存在が感じられない」理由と解決へ向けてのお話をしますね。
「自分の存在が感じられない」とはどういうこと?
「自分の存在が感じられない」とは
自分の居場所がどこにも無い
自分の気持ちがわからない
自分という人間がわからない など
【自分】がボンヤリ、フンワリとしていると感じていることです。
地に足がついていない、自分の輪郭がぼやけている、いつも不安だと表現する人もいます。
生きていくことは、大小様々に選択の連続です。
選択するには、自分なりの基準が必要ですね。
自分なりの基準には、好き嫌い、~したい~したくない、など、自分が感じることが基準となることがたくさんあります。
「自分の存在が感じられない」=自分なりの基準が持てない人は、どうなるでしょう?
相手の期待に応えたり、相手に合わせたりする。
立場や役割や常識などで、しなければいけないことをする。 など
選ぶ基準は、自分ではなく、相手や役割になります。
つまり、自分の自由にできることは、無くなるのです。
自分の自由がなければ、我慢、屈辱、疲労、不安などが、貯まります。
人間関係もいつも不安がつきまとい、うまくいかなくなります。
だから、「自分の存在が感じられない」という人は、生きている感覚が乏しく、生きづらさや悩みを抱えやすいのです。
自分の存在を無視された
「自分の存在が感じられない」人は、幼少期の次のような親との関わりがあったでしょう。
●自分の存在を否定や無視された
●無条件に受け入れられなかった
・虐待(身体、精神、性的、ネグレクトなど)があった
・ことあるごとに「お前はダメだ」と言われた
・「男(女)の子だったら良かったのに」と言われた
・親が子ども以外のこと(仕事、趣味、実家など)に興味を惹かれていた
・他の兄弟に親の関心が向いていた
・何かができたときだけ見てくれた
・自分が感情を出すと怒られたり無視された
とても小さな頃に、親といて、無条件に愛されている、受け入れられている、大切にされているという安心や安全を感じらず、安定した愛着の絆が築かれなかったのです。
子どもは少しでも安心を得るために、自分の感情や感覚や考えよりも、親の顔色や言うことを聞くことに意識を向けて、親を優先して、期待に応えようとします。
『自分を殺す』と言ってもいいでしょう。
繰り返すうちに、「自分の存在が感じられない」となってしまうのです。
子どもの頃は、それで対応できてたんです。
ところが、大人になると、、、
生きることへの意欲減退
生きづらい
人間関係に疲れる
言われたことはできても自分発信の行動ができない
どこにも自分の居場所が無いと感じる
などなど、様々に悩みへとつながっていきます。
解決へ向けて
周りに気を取られていたら、自分のことはおろそかになってしまうのも当然です。
親を優先した生き方を、自分を中心に据えた生き方に変えることが必要ですね。
●自分の存在を否定や無視された
●無条件に受け入れられなかった
このことで、悲しみ、怒り、恥ずかしい、さみしい、、、など
自分の心は深く傷ついて、不安や緊張を感じていたはずです。
自分の中に目を向けて、必要なケアを施しましょう。
自分の中に安心の感覚を持つことが必要です。
それから、具体的に
自分の感情や感覚、体の軸を感じること
自分で考えること
自分で行動すること を意識してやってみましょう。
いつもフワフワと地に足がつかない
自分がよくわからない
何だかいつも不安だ
という感覚から
いつも安心を感じている
自分の軸を感じられる
心地良い人との距離感がわかるようになる など
安心感と共に、「自分の存在が感じられる」ようになっていきますよ。
では、また~。