こんにちは。
福岡・北九州のリトリーブサイコセラピスト待鳥智美(まちどりともみ)です。
みなさんは、ゴールデンウィークどのように過ごしましたか?
私は、特に予定は立てず、近所に買い物に行くくらいで家でゆっくりとしていました。
◎あなたは、何の取り柄もない自分、コンプレックスだらけの自分、平凡な自分、何もできない自分を感じては、ひどく落ち込んではいませんか?
◎自分のことが好きになれない、自分のことがわからない、とどうしようもない不安や焦りを感じて苦しくなっていませんか?
◎いつも、周りの誰かと自分を比べていませんか?
◎ダメな自分を見られたくなくて、人を避けて1人を選んでいませんか?
◎人間関係が、「他人を見下す」か「他人から見下される」、勝ち負けなど、上下の関係になって、荒れていませんか?
・何の取り柄もない自分だという自己認識が変る
・自分がわからない、自分を好きになれない、から抜け出すヒントを得る
・他人を気にすることが減る
・穏やかな人間関係が築けるようになる
※感じる効果には個人差があります
いつも他人が気になり、自分が好きになれず、不安や焦りや苦しさを感じていることは、とても辛いものですね。
一方で、
普段はあまり意識していないかもしれませんが、
自分はやればできる、自分は他の人とは違う、本当はすばらしい才能がある、という先程とは真逆のセルフイメージを持っていませんか?
「何の取り柄もないダメな自分」と「素晴らしい自分」
両極端の自己像があることが、いつも他人を気にしてしまう、自分のことが自分でもよくわからない、自分のことを好きになれない心理に深く関わっています。
そして、人との関わりを避けてしまうか、関係がトゲトゲ・ギクシャクしたものにしてしまいます。
今日は、このような「自分を好きになれない」「自分がわからない」思いを抱えて、落ち込んだり、不安で辛い毎日を送る心理的理由と、抜け出すためにできることについてお話しします。
原因は、等身大の自分ありのままの自分がいないこと
自分のことを何の取り柄もない、コンプレックスだらけだ、自分を好きになれない、自分がわからない、、、
と感じる人は、いつも自分のダメな所を探しています。
心の奥底で自分で自分を否定的に見ています。
本当の自分は「ダメだ」「つまらない」「何の取り柄もない」「生きる資格がない」人間だ、と。
こんな本当の自分を見られてしまったら、恥ずかしい、みんなに嫌われる、消えたくなる、存在していられない、と怖れて、自分でも本当の自分を見ないようにするし、他人にも見せないようにします。
その分、素晴らしい自分、できる自分、認められる自分でいたいと理想の自分を思い描きます。
そして、いつしか「人から認められる素晴らしい自分」でいなければいけないんだと思い込むようになります。
「人から認められる素晴らしい自分」でいるために、ダメな所を直そうと頑張ります。
ダメな自分と素晴らしい自分
自分の中に、見たくない小さな「ダメな自分」と見られたい大きな「素晴らしい自分」というギャップがある2人の自分がいる状態です。
いつも、人の目に映る自分を気にして「人から認められる素晴らしい自分」であるために頑張ります。
なりたい自分を目指して頑張っているときは、イキイキとしています。
けれど、少しでもうまくいかなければ、途端に小さな「ダメな自分」が顔を出し、怯え、ひどく落ち込み、それ以上頑張れなくなります。
そして、やっぱり自分はダメな人間だ、と自己否定を強めていきます。
(自己否定していれば、「素晴らしい自分」を目指して頑張るエネルギーになるというメリットがあるために、自己否定を簡単には手放せません)
これを繰り返していては、いつも頑張っているのに、自分の人生が前に進まず、ストップしているように感じて、イヤになるでしょう。
ここで、
現実的に考えてみて欲しいのですが、
私たちは、いつも何事もうまくいって、素晴らしい自分でいることが可能でしょうか?
私たちは、例えできないことがあってもできることもあるし、凸凹や、ダメな部分もいい部分もあって当然ではないでしょうか?
いろいろな部分がある自分が、「等身大の自分」「ありのままの自分」であるはずです。
つまり、
現実的には、人にはいろいろな部分があって当然なのに、
自分が好きではない、自分がわからないと悩む人には、
ダメか素晴らしい両極端の自分しかいなくて、現実の等身大の自分はいません。(自分は「ダメな人間」と信じているので)
現実の等身大の自分が見えなくて、両極端の自分の間を行ったり来たりしている状態です。
現実の等身大の自分が見えないことは、幼児的万能感(何でもできる)を持ち続けている状態でもあり「素晴らしい自分」を思い描き続けることにもつながっています。
自分はダメな人間だと信じているから→→自分が好きになれない
等身大の自分が見えていないから→ダメな自分か素晴らしい自分しか見えない→自分がわからない
等身大の自分がなくて「自分が好きになれない」「自分がわからない」と、生きる土台や支えとなるものが何も無い感覚を覚えます。
いつも、想像や妄想が膨らんで、現実離れしてしまいます。
この感覚は、とても強い不安やストレスになり、落ち込みや憂鬱になりやすく、悩みにつながっているのです。
人間関係にも影響する
自己否定して自分が好きではない、自分がわからない人は、自分が強い不安やストレスを感じるだけでなく、様々な生きづらさを感じることが多いですが、特に人間関係に問題が起きやすいものです。
基本的に、常に人の目を気にしていて、人から批判されること、ダメ出しされること、バカにされることを、とても怖れています。
・人との関わりを避けて1人を選ぶ
・人間関係が、見下すか見下される、勝ち負けなど、上下関係しかなく、常に戦いモード
・人を見下す一方、とてもかなわないと思う人には全面的に従う二面性があり、嫌われる
・穏やかないい人間関係が長続きしない
・「素晴らしい自分」として振る舞い(無意識にウソをついて)人が離れていく
・人に好かれたい思いと、自分が好かれるはずはないという思いがあり、相手を疑い試さずにいられないので、恋愛関係がうまくいかない など
このように、常に人の目が気になり、何事も人と比較するということは、人との関わりに問題が生じることなのです。
けれど、本人としては、無意識にやっていることなので、人間関係がうまくいかないことで、とても辛かったり苦しかったりして、悩みます。
これは、「自分がわからない」=現実を見ることや自分を省みることが苦手なことが関係しています。
さて、等身大の自分がいない根本原因を見ていきましょう。
ありのままの自分を受け入れてもらえなかった
自分が好きではない、自分がわからない悩みは、「等身大の自分」「ありのままの自分」がいないことが原因でしたね。
さらに、「等身大の自分」「ありのままの自分」がいないと感じる根本の原因は、幼少期にあります。
私たちは、赤ちゃんの頃、親(とくに母親)に愛情を持ってお世話して、関わってもらわなければ、安心して生きていけません。
親に無条件に甘えさせてもらって、ありのままの自分は愛され大切にされる存在だと感じる体験を何度も繰り返すことで、自分という存在感や、自己愛や自尊心や自己肯定感と言われる安心の感覚が育っていきます。
この経験ができなかった場合、自分が存在するには条件を満たさなければいけない(ありのままの自分ではダメだ)、自分の存在がよくわからない、など、自己否定を抱え、自分の存在や生きることに罪悪感や不安を持つことになります。
幼い頃の親との関わりの中で、ありのままの自分は受け入れてもらえず、自己愛が傷つきました。
何もできない自分だからダメなんだと、無条件に愛され大切にされることをあきらめました。
その一方で、「素晴らしい自分」でいればいいんだと、思い描く自分でいることで自分を守ろうとしました。
これが、自分が好きになれない、自分がわからないという悩みの根本の原因なのです。
だから、自分が好きでない、自分がわからない悩みを解決するには、親子関係での傷付きを癒して、自己愛や自己肯定感などを育て直していくことが必要です。
そして、自分が感じていること、考えていること、やっていることなど自分を省みる力と、現実を見つめる力を付けていくことが必要です。
まとめ
自分が好きでない、自分がわからない悩みは
・とても強い不安やストレスを感じるもの
・等身大の自分、ありのまま自分がいないことが原因
・根本には、幼少期にありのままの自分を受け入れてもらえなかった親子関係の傷付きがある
解決には
傷付きを癒して、自己愛や自己肯定感などを育て直していくこと
自分を省みる力、現実を見る力を付けていくこと
自分が好きになれない、自分がわからないという強い不安やストレスから抜け出して、どんな自分でありたいと望みますか?
心理セラピーであなたの本当の望を叶えるお手伝いをしています。
お気軽にご相談くださいね。
では、また~。