こんにちは。
福岡・北九州のリトリーブサイコセラピスト待鳥智美(まちどりともみ)です。

 

春らしい強風の日が2,3日続きました。
支柱を立てて結んでおきましたが、植えたばかりのトマトの苗が折れないかと心配していました。
折れることなく大丈夫で、ほっとしました。
支柱との間に隙間なくきっちり結ぶのは、その地点で折れやすくなったり、成長を妨げるので良くないんですよね。
なんだか、心と同じだな~なんて思いました。

1段目の花が咲いています。
これからどんどん成長して、どんどん実がなることを楽しみにしています!

 

あなたは、心配されるのが嫌で、イラつくということはありませんか?

周りの人に「大丈夫?」などと心配されることが嫌で、イラッとして、つい「大丈夫です!」「心配しないでください」と強めに言ってしまったり、
何だか居心地が悪くなって、不機嫌にその人から離れてしまう。

頭では、心配して貰ったのにそんなことではいけないと思うけど、、、
相手を嫌な気持ちにさせたかもしれないと気になって後悔するし、、、
でも、何か嫌だ!イラッとする。
どうしてだろう?

今回は、どうして心配されることが嫌でイラついてしまうのか?についての心理的なお話です。

心配されても、嫌な気持ちにならずに、自分が大丈夫な状態ならそれを素直に伝えられる、その言葉に頼りたい・甘えたいならそうすることができれば、もっと、優しく良好な人間関係でいられると思いませんか?

心配されることが嫌だとどうなる?

心配されることが嫌だと感じる人は、
心配されると、怒ったり不機嫌になり、心配した人を遠ざけようとます。
心配されないように、過剰に頑張ったり、仕事を一人で抱え込んだり、体調不良を隠そうとします。
これ以上心配をかけてはいけないと思って、自分が頑張ってやっていることを「自分には無理だった」と途中でやめることもあります。

心配されることが嫌で、心配されないようにすることは、
・人間関係がギクシャクする
・自分への負荷をかけすぎる
・大変なことになる前にチャレンジを途中でやめる
など、困ったことが起きてしまいます。
本人も気づいてないだけかもしれませんね。

どうして?何が?嫌なのか

普段は意識していないと思うのですが、
嫌だと感じる人の中では、
心配されること=嫌なこと という認識でつながっています。

このような認識を持つには、幼い頃の親子の関わりが強く影響しています。

●親がとても不安症、心配性
・「大丈夫?」「あなたにできるの?」が口癖で、子どもの行動を制限したり、勝手に決めたりした
・親自身の不安を和らげるために子どもの行動を管理している
・「あなたにはできない」「やってあげる」といつまでも幼い子どものような扱いをする
・「こんなに心配してあげてるのに」と押しつけがましく子どもに感謝を望み、罪悪感を抱かせる


●親が不安定だったり、とても大変そうだったので、親に心配をかけないようにしていた


●親が厳しく、何でも「できて当然」という雰囲気の家庭だった


●子どもに興味を持てない親だった

このような親に育てられると
心配されることは次のような嫌な感覚を感じることになるのです。

〇自分の行動を止められたり制限をかけられ我慢させられる腹が立つ嫌なこと
〇誰も自分のことを本当には心配してくれない悲しさを感じること
〇心配をかけないイイ子じゃなくてごめんなさいという罪悪感
〇心配をかけないイイ子やできる子でいなければ、居場所が無くなる恐怖・生きる価値が無い恐怖を感じること
〇隠していた孤独感(どうせ誰も自分を見てくれない)を刺激されること
〇優しく関わって貰うことに居心地の悪さを感じる

つまり
心配されることは
●相手の支配を受け入れなければいけない(人間関係が上下関係に感じる)
●弱い自分、ダメな自分、できない自分を見てしまう
腹が立つ、悲しい、さみしい、怖い、申し訳ない…感覚を感じてしまう
 ⇒嫌なこと

 

子どもの頃に、心配されることは嫌なことという認識を持って、
心配されないように振る舞うことによって、
悲しみ、罪悪感、孤独感、劣等感、無価値感、恐怖など嫌な感覚を感じないようにして自分の心と体を守っていたのです。

 

しかし、大人になってもこの認識を持ち続け、振る舞い続けることが、余計に自分の生きづらさになっています。

今、現実に起こっていることを受け止めよう

今、あなたは
困ったときに信じて頼れる人はいますか?
弱さやダメさを見せても、いつもと変わらず関わってくれると思える人はいますか?
優しさでつながっている人はいますか?
本当に無理をし過ぎてはいませんか?

あなたを心配する人は、自己満足のために心配しているふりをしているのでしょうか?
本当にただただあなたのことを心配しているのかもしれません。

 

「大丈夫?」「無理してない?」「手伝うよ」

本当にあなたを心配しての言葉が信じられず、差し出された手を振り払ってしまう
心配されてはダメだと、大丈夫じゃなくても、過剰に頑張り続けてしまう
心配されてはダメだと、自分のチャレンジや目標のための頑張りをやめてしまう

人間関係も、自分自身も、自分の人生も、、、
キツイ、うまくいかない

幼い頃の持ってしまった認識を、今の自分の感覚を大切にして、見つめ直すことが、心配されることを過剰に嫌って引き起こしている問題を解決することにつながります。

 

心配されたことをそのまま受け取ることができれば、
心配されることに縛られ、こだわることなく
自分が大丈夫だったり、もっと頑張りたいときには、そう落ち着いて伝えられるように、
人を頼りたいときには頼れるようになっていきます。
また、自分のために人を心配している風に装っている人にも、振り回されなくなっていきますよ。

では、また~。